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なにかがファーストになる【森博嗣】新連載「道草の道標」第2回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第2回

 

【頭を切り換える習慣が大事】

 

 僕の経験からすると、仕事ができる人というのは、とにかく頭の切換えが早い。早いというかスムーズである。これはようするに、優先順位をしっかりと把握し(つまり忘れないで)、そのうえで必要に応じて第一優先(ファースト)に並び替える行為といえる。

 普通の人は、一番大事なことで頭がいっぱいになる。つまり、頭が支配されてしまい、ほかの用事に使えなくなる。第二優先や第三優先が疎かになってしまうのだ。仕事ができる人は、頭の中の優先順位を適時並び替えて、今からやる作業をその場の第一優先にできる。言い換えると、大事なことを一時的に、第二、第三に降格させることができる。この行為が可能なことが、他者から見た場合に「ゆとり」や「余裕」がある人物として映る。

 しかし、べつに余裕があるわけでは全然ない。そうではなく、計画がしっかりとしているだけだ。今はこちらをやる、そのあと大事なことをしよう、といった時間配分をしているにすぎない。そして、計画を持っているのは、実は、心配でしかたがなく、だらだらしていたら失敗してしまう、と悲観的に観測している結果なのだ。

 僕がこのタイプである。なんでも悲観的に見る。失敗しないよう、無駄な行為を避け、時間を有効に使おうと考える。だから、計画を立てる。上手くいかなかったときの対策も考えておく。こんなふうになったのは、子供の頃から躰が弱く、人よりも無理ができないことを知っていたからだ。

 頭の切換えの話をするなら、もう一つ視点がある。自分の周囲のことと、日本や世界のことで、思考を切り換える必要があるだろう。お米の話は身近だが、アメリカの関税の話は国際的な問題だ。ニュースなどでは普通に両者が一緒に報じられるが、もの凄く遠近感がずれている。ファーストといっても、このような違いをしっかりと認識した方がよろしい。

 5kgのお米の値段に一喜一憂しているけれど、ほんの数千円のことだ。しかし、ウクライナでもイスラエルでも、ミサイルが飛び交っている。自分は無関係だと考えがちだけれど、もしも政治家を批判したり賛同したりしたいのなら、このような遠近感を持った目が必要になる。何故なら、政治家を選ぶ一票には、何が重要なのかが関係しているからだ。国民がみんな、自分ファーストで投票していたら、お米は安くなっても、いつの間にか日本が戦場になっているかもしれない。今日は幸せでも、数年後、数十年後には地獄になるかもしれない。

 足許を見て歩いていると、天候の急変に気づけない。かといって、空を見て歩いていると、ちょっとした地面の凸凹で躓いてしまう。目は2つあっても視点は1つ。したがって、常にきょろきょろと見回すしかない。

 

僕が担当している犬。体重は24kgもある特大のシェルティ。この犬種の平均体重の3倍もある。彼が窓の外を見張るために僕が作ったベンチ。右に少し見えているのは古い乳母車。

 

文:森博嗣

※隔週月曜日午前8時配信予定

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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